【タイの屋台飯と現実と俺が思うことと】 第10回 タイ料理に合うのは間違いなくタイビール(2)

タイはビールをあまり飲まない国だ。税金が高く、周辺国のラオスやベトナムのように炭酸清涼飲料とほぼ同じ値段で販売されることはない。だからなのか、それともタイ人の味覚の関係なのか、なかなかビールが広まらなかった。
しかし、ここ数年は「マイクロブリュワリー」(小規模のビール醸造所)の登場などもあり、クラフトビールという言葉もだいぶ広まりつつある。コンビニでさえも扱う銘柄が増えてきた。ビール党にはかなり暮らしやすい環境ができあがってきたかとは思う。
今回はそんなビールの中でも、特に生ビールについて紹介していく。
タイビールの生は少ない!
俺がビールに目覚めたのは日本の中華料理店だった。20年も前の話で、まだ「タイ」なんて知らなかったころ、屋形船でバイトをしていた時に先輩に連れられて駅前のラーメン店に入った。地元住民向けの中華料理店のような店だ。そこで「生にする?」と先輩に聞かれてあまり理解しないままに飲んだ。
それまでは悪友の家に集まっては甲類焼酎に炭酸飲料を混ぜて飲むという子どもっぽい飲み方しか知らなく、ビールは苦いものだと思っていた。しかし、「生」という響きには引かれた。生肉だとか生ハムだとか、「生」とつくとおいしそうに見えてしまう。
日本では食べられなくなった肉の刺身もビールにぴったり。写真は豚肉の刺身。店はバンコク中心部タニヤの「エビスダイニング」
そうして俺の人生が大きく変わった。ちょうど8月の暑い季節だ。出航前は船を掃除し、何十ものビールケースを上げ下げする。船が出たら隅田川を下ってお台場まで行き、天ぷらを出したり、数十キロもある錨(いかり)の上げ下ろし。疲れた身体に、キンキンに冷えた初の生ビールがのどを刺激し、苦いどころか、甘いとさえ感じだ。
この時からビール党になっているが、タイではおいしい生ビールにはなかなか出会えなかった。渋谷のタイ料理店でバイトした時にビールサーバーを扱ったが、頻繁に管や装置内の清掃を行っていた。垢のような汚れがたまるからだ。タイ人の店ではそれをやっていないのではないだろうか。
そもそも、タイで生ビールというと、乾季(11~2月)のビアガーデンか、主に日本人経営店でしか楽しむことができないくらい、少ないと思う。タイビールの銘柄になれば、ほとんどないに等しいのではないか。たまに「ビアシン」(シンハービール)か「ビアチャーン」を見るくらいか。日本料理店だとほとんどが「アサヒ」になる。
ほんの数日前、首都バンコクの高架鉄道(BTS)プラカノン駅から近い小さな路地にアイリッシュパブのような店を見つけた。ビールを飲むつもりではなく、仕事をするために無料Wi-Fiがある場所を探していた。
タイは日本と異なり、無料Wi-Fiが至るところにあって、どこでもミニオフィスとして使えるので便利だ。とはいえ、コワーキングスペースをうたうカフェならともかく、パブでノンアルコールを注文して長居は悪い気がしたので、ビールを注文した。
そこはビアチャーンの生だった。パブでありクラフトビールバーのような店だったので、ビールは豊富だったが、いかんせん高い。輸入ビールの銘柄は220バーツ(約770円)超だが、ビアチャーンなら大ジョッキでも160バーツだった。
これが思いほか、おいしかった。泡や炭酸のキメが細かくて、心地良い刺激ののどごしがまたグッドだったのだ。
バンコクのマイクロブリュワリー
このビアチャーンの生がおいしかったのは、主にビールを扱うパブだったからというのはあるにしても、ビール文化が変化しているのだなと感慨深い思いにもなる。
バンコク中心部の複合商業施設「セントラルワールド」前はビアガーデンの聖地。12年のビアシンブース
12年のビアチャーンのビアガーデン。年々、おしゃれになってきている
前回、バンコクがクラフトビール天国になっていると紹介したが、基本的にはクラフトビールというよりは、輸入ビールが主流になる。地ビールを輸入している場合もあるが、バンコクは銘柄をとにかく多く取りそろえていれば、クラフトビールバーと名乗ってしまえるようでもある。
セントラルワールドのビアガーデンは今や並ばないと入れない。気軽に入れないビアガーデンはつまらない!
タイは酒類の広告だけでなく、販売などにも厳しい規制がある。同時に製造許可も難しいので、クラフトビールを醸造するマイクロブリュワリーが育ちにくい。しかし、昨今は徐々に増えているので、タイの地ビールも楽しめる。これこそ本当のクラフトビール店ではないか。
そんなタイのマイクロブリュワリーでは、バンコクの人気ビアホール「タワンデーン」が老舗だ。中心地ではBTSチョンノンシー駅をまっすぐに南下したところにある。週末は予約なしでは入れないほどで、3種類のオリジナルビールが楽しめる。客席の横に醸造タンクがあり、飲めるビールはその3種類だけ。タイ料理やタイ式のドイツ料理、ちょっとした和食がそろう。何より、ステージでいろいろなショーがあるので、タイらしさも満喫できるのがいい。観客参加型のイベントもあり、例えばビールの一気飲みがあった。
「タワンデーン」の店内にあるマイクロブリュワリー
タワンデーンのクラフトビールはグラスから「タワー」までさまざまなサイズがある
ただ飲むだけではつまらないので、ユニフォームのTシャツを「ヨーイ、ドン」で着てから一気飲みさせる。それでもつまらないので、ユニフォームの入ったビニ-ル袋は全然破れない仕様になっていて、それをみんなで笑うという趣旨になっていた。
それから、ビアシン好きにとって外せないのが「EST.33」。ビアシン醸造所である「ブンロード・ブリュワリー」が手掛けるマイクロブリュワリー併設バー・レストランで、特に都内ラマ9世通りの店舗は実際にタンクを眺めながら、ビアシンのクラフトビールを傾けることができる。一般市場にはない黒生もあるし、料理はやや高いもののおいしくてボリュームもある。
「EST.33」でしか飲めないビアシンの黒生
今もあるかは不明だが、ここで飲めるクラフトビールの全種類のお試しセットもあって、2杯目から好みを注文できるという利点もあった。この2店舗はおすすめだ。
ナラティワート通りのEST.33。タワンデーンからも近い
バンコクで生ビールを飲むならここ!
タイのクラフトビール店は主にベルギービールが主流になっているが、今のバンコクはとにかく多種多様なビールが楽しめる。
最近、足が遠のいていて久しく飲んでいないが、スクンビット通りソイ20のドイツ料理店「ベイオット」はドイツ銘柄の輸入ビールも多いが、生ビールもある。ちゃんとドイツから輸入しているもので「ホフブロイ」という銘柄。南部ミュンヘンのビールで、創設は1589年にさかのぼる。ビール本場のドイツ料理店は大体、どこも銘柄を豊富にそろえている。スクンビット通りソイ11の「オールドジャーマン」(※)もそうだ。
タイ式にアレンジされたようなドイツ料理「豚足のから揚げ」
ベイオットはより本格的なドイツ料理店らしく、客にドイツ人もよく見かける。ドイツの地ビールについて書かれた書籍、相原恭子著「もっと知りたい! ドイツビールの愉しみ」 (岩波アクティブ新書)によれば、ドイツ人は地元のバーで飲む時はジョッキを持参し、かつ立って飲むのだとか。その方が料金設定が安いというのが理由らしい。ベイオットでも一度、ドイツの企業なのか、ネクタイを締めたドイツ人らの集まりに遭遇したことがあるが、おもしろいことに全員が立って飲んでいた。
ベイオットのビールは生も瓶も冷えていたと記憶する。ほかの国では常温で飲むのが普通ということもあるという。実際には国というよりも種類で、世界的に消費量の多いピルスナータイプは冷やし、エールというタイプは常温で飲むことがおいしいとされる。
俺としてはやっぱりビールは冷えていなければならない。むしろ味が分からないくらいに冷えていてほしいと願うほどだ。
理想的なのはビールもジョッキもキンキンに冷えていること。しかし、タイだけでなく東南アジアでは、ビールでさえ冷えていないことがよくあり、ジョッキがキンキンということは期待できない。
だから、タイで理想的な生ビールに出会うことは高級店以外では稀である。しかし、そんな希有な店が一つだけあった。ここも足が遠のいて久しいので、今はどうなっているか分からないが、都内戦勝記念塔の「サクソフォン」というライブミュージックが売りのパブレストランの生ビールが非常に良かった。
サクソフォンでは陶器製のジョッキに、キンキンに冷えたビールが注がれてやってきた。ここは食事もおいしいし、当時好きだったバンド「Tボーン」が週1(今は金曜日に出演中のもよう)でレギュラー演奏していて、よく行ったものだ。
ちなみに、陶器製のジョッキは楽器をかたどっている。店名のようにサックスかと思いきや、チューバの形である。
次回はキンキンを超えて凍っているビールや瓶ビールについて書きたいと思う。
※オールドジャーマンは2018年10月~19年初頭まで改装工事で閉鎖
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