【タイの屋台飯と現実と俺が思うことと】第11回 タイ料理に合うのは間違いなくタイビール(3)
タイのビールというと、氷を入れて飲むことがごく普通だ。先日、和食店取材に行った時に日本人店員から、
「日本からの観光客が、冷たくない生ビールをお願いしますって言ってきました」
と笑い話を教えてくれた。どこに行ってもビールに氷を入れられ、それが嫌で和食店に来て生ビールを注文したのだが、日本語が変になっていたという内容だった。
最近はビールの飲み方をタイ人も理解し始め、タイ料理店でも氷をいきなり入れられるということがだいぶ少なくなった。初めての人には面食らうことではあるが、あれはあれで、氷によって水分補給もできるので身体にいいのではないだろうか。ウイスキーや焼酎の水割り的な感じだ。
そんな氷を入れることもいまだにある瓶ビールを、タイビールの最終回としたい。
ビールそのものを凍らせる「ビアウン」
初めてタイに来た時の、氷にビールを入れる衝撃はすごかった。1998年は屋台でキンキンに冷えたビールなんてほとんどなく、氷を入れるのは仕方のないことではあったが。それもタイの面白さだと思って楽しめたものだ。今でもイサーン(タイ東北部)料理を食べている時は氷が入っているとありがたい。辛い料理でひりひりと痛む舌を氷で冷やすこともできるからだ。
本当かどうかは知らないが、タイビールのアルコール度が高いのは氷を入れることが前提だからとか。「ビアシン」(シンハービール)のアルコール度数は現在5%。「キリン一番搾り」も5%である。まだ日本在住でタイかぶれだった時に「キリン・ラガー」に氷を入れてみたが、飲めたものではなかった。たぶん水も関係しているのではないだろうか。
キンキンに冷えたビールといえば、「ビアウン」がある。銘柄名ではなく、飲み方の一つになる。「ウン」はゼリーなどといった意味で、簡単に言えばシャーベット状になるまで冷やしたビールのことだ。ドイツビールに「アイスボック」があるが、それをまねしたのだろうか。違うだろうなあ……。
アイスボックは凍らせたビールから濃度が高くなったビールを抽出する。そのため、アルコール度は高いものだと14%くらいになっている。一方、タイのビアウンはただ凍らせただけである。
ビアウンは時々、飲食店でも見かける。ただ、ビアウンとしてメニューに載せているところは少なく、記憶にあるのは首都バンコクの高架鉄道(BTS)スラサック駅近くの交差点にあるイサーン料理店くらいだ。もちろん、インターネットで検索すればいつくか店を見つけることができる。
記憶ではビアウンと書いてはいないが、「パテ」というレストランはグラスが凍っていて、キンキンに冷えたビールが飲める。都内戦勝記念塔をディンデンに向かって歩いて行ったところにある。
ビアウンを楽しめる「パテ」は戦勝記念塔のほか、商業施設「セントラル・ラートプラオ」向かいにもある
戦勝記念塔のパテにある、和風牛肉のヤム。つまり牛のたたき
オールディーズをレコードで流すアンティークな店内で、創作タイ料理が安く食べられる。この店のビールはとにかく冷えていて、グラスも冷えが足りなくなってくると替えてくれる。
ビアウンまでは行かなくても、瓶ビールで確実に冷えているのが飲みたければ、タイスキ「MK」がお勧めである。
本家ビアシンを超えたビアリオ
瓶ビールや缶ビールの銘柄はこの数年で劇的に増えた。これだけビール銘柄がある中で、俺はやっぱりビアシンに思い入れがある。ビアシンは1933年に醸造が始まったビールで、「ブンロード・ブリュワリー」はタイ初の醸造所として長い歴史がある。
ちょうど俺が初めてタイに来たころと重なる時期、95年にビアシンに対抗するビール「ビアチャーン」が登場した。ビアチャーンはタイで最も厚い層になる低所得者向けに安くビールを飲んでもらおうと始まったもので、高かったビアシンを一気に追い越す勢いで飲まれるようになった。ただ、当時は正直まずかった。だからビアシンが好きというのもある。
ビアチャーンはクラシックのほかにも数種類ある
一方、ベトナムは今、全土的に「ビアサイゴン」のプレミアム版のスペシャルラベルが出回っている。南部ホーチミン発のビールで、ベトナムでは元々、その土地のビールが地ビール的に飲まれていた。首都ハノイなら「ビアハノイ」だし、中部ダナンなら「ラルー」などだ。
ベトナムを席巻する南部ビール「ビアサイゴン」のスペシャル
そんなビアサイゴンのスペシャルだが、当の南部では、飲むのは外国人か金持ちのベトナム人くらい。若い一般層はレッドラベルを好む。ほかにもスタンダードのグリーンラベルもあるのだが、南部ではビアサイゴンはレッドである。これを飲む事情は若い人いわく、こういうことらしい。
「コストパフォーマンスに優れているのがレッドなんだ」
ベトナム南部ブンタウの食堂で、生温かい「ビアサイゴン」レッドに氷を入れてくれる少女
グリーンラベルはアルコール度数が4%、レッドは4.9%、スペシャルも4.9%だ。値段は大体どこもグリーンとレッドは同じ。彼らは合理的に考えレッドを選んでいるのだ。ビアシンは5%、ビアチャーンは5.2%。アルコール度はかつてもっと高かったが、いずれにしても、タイ人はベトナム人のようにコスパを考慮しているとしたら、単に値段だけのような気がする。
そんな90年代後半のビアチャーン快進撃にブンロード・ブリュワリーも黙ってはいない。同社は98年、ビアシンの廉価版「ビアリオ」を発売した。
タイ人のホームパーティーでも選ばれるのはビアリオ
ビアリオは当初、ビアチャーンには太刀打ちできないように見えた。しかし、2003年くらいからビアリオの人気の片鱗(へんりん)が見え始める。ゴーゴーバーの女の子らがワインクーラーやカクテルを好む中、ビアリオを選ぶようになってきたのだ。ビアシンやビアチャーンよりも飲みやすいからという理由だ。
そのうちブンロード・ブリュワリーもビアリオを主力にし、ビアシンをプレミアムビールと位置付けるようになった。12年前後の話だ。そして、今やタイ人に最も飲まれているビール、つまり市場シェアが最も高いのはビアリオとなった。本サイトで記事を書く新羽七助さんから聞いた話では、
「日本のビール関係者がタイで飲むならビアリオと言っていた。なぜなら、消費量が多いので流通の回転数が高い。すなわち、新鮮なビールが出回っているから」
ということだ。だから、タイで飲むなら今はビアリオ一択である。
南部ハートヤイ(ハジャイ)にあったバーの美人ママ。背後の冷蔵庫で多いのはビアリオだ
ほかに「サンミゲル」(本社はフィリピン)の醸造所がつくる「プーケットビール」やビアチャーンと同じ醸造所の「フェダーブリュー」がある。これらはドイツのビール醸造に関する法律にかなり忠実な本格ビールなのだとか。でも、俺にはフェダーブリューは臭みがあって、相変わらずビアシン派でいる。
これはベトナムでの「タイガービール」のクリスタルだが、タイでは「サンミゲル」のライトが透明瓶を使う
おしゃれなパブなら、輸入物のビールも悪くはない
ビールは外で飲みたい酒
生ビール好きが多いはずだが、一定数、瓶ビールファンはいる。最近まで理解できなかったが、ある人に聞いたところ、
「瓶ビールは一定のクオリティーが保たれているので、どこでも同じ味が楽しめるから」
と言っていた。確かに、生ビールはタイだとおいしくない店はとことんまずい。それなら、瓶ビールがいいと考えるのは当然だ。
いずれにしても自宅で飲むなら瓶ビールになるが、この10年くらい、俺は家での晩酌はほとんどしていない。ビールは外で飲みたいという気持ちと、老いを感じるようになったからといった事情がある。
前はいくらでも飲めたが、最近は瓶ビールを1本も飲めない。経済的に言えば安上がりで済むのだが、歳のせいか、気持ちと身体が合致しなくなった。ビールとつまみを奮発し、映画でも見ながら一人で飲もうと思ったところで、早々に寝てしまったりする。そのがっかりが嫌なのだ。
ところが、外だといくらでも飲める。やっぱりビールは雰囲気で飲むものなのだ。俺は最近、飲むなら「おいしい料理と歴史を肴に」をテーマにしている。歴史のある店で壁の傷や古びた鍋の理由などを知って、大人な飲酒を堪能したい。
瓶ビールはイサーン料理にマッチする
日本に営業活動で出かけると、ライターや編集者にいろいろな店に連れて行ってもらう。そんな時に、皆うれしそうに店の歴史を語るわけだ。そういった雰囲気をつまみに飲むのっていいなと思う。
残念ながらタイはそんな歴史のある店が少ない。100年続く店というと中華街ヤワラーやバンコクの西側に多いが、住んでいるとそちらにはめったに行かない。そもそもタイ人が歴史に興味ないので、こちらが聞くまで店が100年続いているとか言い出さない。まるで重要なことだとは思っていないのだ。
タイでビールが似合う場所。それはイサーン料理店やクラフトビール店、それにゴーゴーバーとバービアだ。何気にゴーゴーも古い店は古いので、場合によっては歴史を肴にすることは可能。ただ、そんな話ができる女性は、そもそも歴史を重ねている人だったりして、あんまり酒席が楽しくならないというジレンマもあるが。
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