【タイの屋台飯と現実と俺が思うことと】 第13回 万人受けするイスラム系料理、カオモックガイ
タイはきらびやかな寺院などが目立つこともあり、観光客にはあまり気付かれないかもしれないが、イスラム教徒も意外と多い。タイ南部はマレーシアと接しているので、特にムスリム住民が多くなる。
そんな事情もあって、イスラム料理もよく見かける。タイ南部料理はイスラム系の食習慣に影響を受けており、北部や東北部(イサーン)のものとはまったく違う印象がある。一時期は首都バンコクで南部料理が人気になったこともあり、南部のココナッツカレー「マッサマン」はタイ国外でも有名になった。
日本人にも有名になったマッサマンカレー
南部カレーではあまり人気のないイエローカレーもけっこうおいしい
バンコクでも南部料理は人気があり、店が増えている
そんな南部料理の中でも、以前から全土的に食べられているのが「カオモックガイ」だ。宗教に関係なく、タイ人全般に好まれるこの料理は、日本人でも食べやすいので、お勧めしたい一品である。
ここではそんなイスラム系料理の定番、カオモックガイを見ていこう。
カオモックガイとムスリムの関係
カオモックガイはウコンなどのスパイスで味付けした鶏肉とご飯を同時に炊いたもので、肉は柔らかく、コメはドライカレーのようで疲れた胃腸に優しい料理だ。
カオモックは、いわゆる「サフランライス」とか「ビリヤニ」と呼ばれる黄色いご飯のこと。ビリヤニはパキスタン料理で、やはり黄色いご飯を指す。スパイスによって色が付いているが、ウコンやクミンなど多数のスパイスはカオモックのそれと共通する。発祥がビリヤニなのかは不明だが、カオモックもムスリムによってタイに持ち込まれ、タイ全土に広がったとみられる。
カオモックガイの窯の中はこうなっている
インド料理店のサフランライス。やっぱりタイのものとは色合いが違う
タイ南部は日本からは行きにくいので、せいぜいプーケットやサムイ島までしか行かない人が多い。だから、観光客にはあまり知られていないかもしれないが、タイは深南部と呼ばれる3県――パッターニー県、ヤラー県、ナラーティワート県はテロ事件が多く、日本政府も渡航を注意する勧告を14年近くも出し続けている。
タイ警察もタイ全土を9つの管区に分けて管轄していたが、深南部だけ別に部門を立ち上げた(第9管区が分割された)。ここに出向するとある程度出世が約束されるという噂もあるほど危険で不人気な管区である。
南部でテロが起こるのは、深南部がかつてはマレーシアの一部にまたがるパタニ王国の領土であったからだ。タイからパタニ王国の独立、復興を掲げたムスリムの集団が深南部で爆弾テロを行う。
タイの報道では「仏教対イスラム教」のようにあおるが、本来は「タイ政府対イスラム教」となる。ところが、詳しい日本人ジャーナリストに話を聞くと、現地ではイスラム教徒と仏教徒のいがみ合いはなく、実は裏に麻薬利権の争奪戦があるのだとか。
ただ、実際にテロを起こしているのは聖戦と洗脳された若いムスリムなので、一見、中東で起こっているイスラムのテロのように見えてしまうのだ。
不思議なのは、南部では頻繁にテロが起こる中、バンコクでテロがほとんど起こらない。これは南部のムスリムとは出自が違うからだと言われる。タイ南部の場合はマレーシアを経由してきたムスリムで、バンコクの場合はカンボジアやミャンマー、中国などを経由してきたためで、軽い言い方をすれば「ガチ」レベルが違う。
ムスリムは女性がヒジャブと呼ばれるスカーフを頭にかぶるが、バンコクの、特に若いムスリムはほかの女の子と同じように何もかぶっていないことが多い。親御さんもそれを時代だと受け止めて何も言わない。それくらい違いがある。
バンコク出身のムスリム女子。叔父はがっちがちのムスリムだが、ヒジャブをつけないことには案外寛容
ヒジャブのあるなしでは印象が違うが、これはこれでかわいい
だから、バンコクでは基本的にはテロが起こらない。バンコク出身の大学生のムスリムに話を聞いた時、彼はパタニ王国の話をまるで知らなかったくらいだ。興味がないようである。
バンコク郊外のお勧め店
カオモックガイはどこでも見かける料理である。例えば商業施設にあるクーポン食堂には必ず1軒はある。食べるものが思いつかない時に食べるのが、これまでは「ガパオライス」(バジル炒めかけご飯)だったが、今ではカオモックガイも有力候補だ。
ちなみに、最近はタイ人でも商業施設の食券食堂を「クーポン」と呼ぶ人はほとんどいなくなった気がする。「フードコート」とかしゃれた言い方をするのが一般的。時代は変わるものだ。
クーポン食堂のカオモックガイの店はマッサマンもあるし、カオモックガイの「ガイ」はすなわち鶏肉だが、牛肉を用意している店もあるし、マッサマンとは違うカレーなどもあり、多彩な選択肢があるという大きなメリットも存在する。そして、大体において量も多い。
「カオモックヌア」という牛肉バージョンもある
俺が自信を持ってお勧めする店は2軒ある。
1軒はやや遠いが、モーターショーやコンサートなどが開かれる国際展示場「インパクト・ムアントンタニー」を高速道路で過ぎた、一つ目の出口で降りたところにある。シーサマーン通り(プラチャーチューン・パククレット通りとも呼ばれる)のこの店の名は「カオモックガイ・サヤーム」。かつて電子部材の専門商社で働いていた時、この少し先や中部アユタヤの工業団地に行く際に寄って食べたものだ。
ここは量が多くて安い。しかもおいしい。イカのスープである「スップ・プラームック」もあって、かなり酸っぱいけれど、元気になるような味わいがあって素晴らしい。ただ、安いといっても遠いので、これだけのために行くと、交通費が高くなる。
「カオモックガイ・サヤーム」のカオモックガイは大きな肉がごろりと2つも入って50バーツ(約170円、取材時)
カオモックガイ・サヤームのイカのスープは75バーツとやや高いが、すっぱ辛くて爽快
実際に行ったことはないが、この「カオモックガイ・サヤーム」という店名のカオモックガイの店は、高架鉄道(BTS)プロンポン駅前の商業施設「エンポリアム」やサイアム駅前の「サイアムパラゴン」にもあるらしい。同じ店なのだろうか。
あるいはシーサマーン通りのあの店も単なる支店なのかもしれない。検索すると本店らしき会社がバンコク北郊ノンタブリ県内にある。ただのチェーン店の遠い場所に俺は行っていたのかもしれない。
チャトチャックの老舗有名店
もう1軒のお勧め店はバンコクの市場「チャトチャック・ウィークエンドマーケット」内にある「サマーン・イスラム」というムスリム食堂だ。あれだけ雑多に通路が張り巡らされているのでどこにあるか説明するのは難しいが、チャトチャックの真ん中に立つ時計塔の東側の目の前といった場所だ。ブロック的にはセクション16のソイ7になる。
サマーン・イスラムはこの看板と時計塔を目印に
このチャトチャック・ウィークエンドマーケットは以前紹介したタイの米粉麺「クイッティアオ」を意図に流行させたピブンソンクラーム元帥が関係している。戦後、国民の現金収入のために各県に週末市(タイ語では「タラート・ナット」という常時営業していない市場)を設置することを元帥が勧め、バンコクがこの対象になった。
ただ、バンコクの週末市は元々はここではなく、1948年ごろから82年まではエメラルド寺院やカオサン通り、それに国立タマサート大学近くにある王宮前広場で開催されていた。一時期は近隣の場所に移転したものの、王宮前に再び戻り、78年、国を挙げてのイベント開催計画が持ち上がったので、チャトチャック公園に移転したのだ。
ちなみに、チャトチャック公園は、タイ国鉄が管理・所有するので、ウィークエンドマーケットに出店する店は、本来はタイ国鉄に家賃を払っている。ただ、頭のいいタイ人が又貸しをしているので、実際の店子は1か月当たり何万バーツ(1バーツ=約3.4円)も家賃を払っているところが大半だ。実際には1ブース当たり3000バーツ程度のはずである。近年はタイ国鉄も又貸しを禁止するなどして対策をしているようで、事情はずいぶんと変わっているそうだ。
そんなチャトチャックにある「サマーン・イスラム」は、ここにウィークエンドマーケットが来た80年代から開業していて、実に長い歴史がある。食事時はいつも満席だ。カオモックもおいしいし、マッサマンやほかのムスリム料理も楽しめる。
「サマーン・イスラム」のカオモックはおいしいが、さすがに高い……
サマーン・イスラムはほかの南部料理も充実。カレー系が多い
雰囲気も雑多で「これぞチャトチャック」あるいは「これぞタイの食堂」といったところが好きだが、ここ数年、ドえらい金額になってきている。確かカオモックガイが150バーツ(約510円)くらいだったか。ふざけすぎている。でも、おいしい。
マンゴーの季節はなぜか同果物を前面に出し始めるサマーン・イスラム
店主とみられるでっぷりとしたおばちゃんも非常にいい人なのだが、やっぱり商売人で、150バーツに設定しても客が来ると分かっていらっしゃる。カオモックガイは辛い料理ではないが、この店はいろいろな意味でピリ辛なのである。
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