【タイの屋台飯と現実と俺が思うことと】第24回 ぜいたくな鶏肉フルコース料理、カオマンガイ
タイは鶏肉がおいしい。1998年の初訪タイの際、首都バンコクの安宿街カオサンの屋台で、小さなもも肉の焼き鳥を買った。当時で5バーツ(約17円)とか10バーツくらい。これが柔らかくてジューシーで、初めて食べた瞬間から虜になった。
鶏肉が本当においしいことを人生で初めて知った日でもある。その後の日々は毎日焼き鳥を食べて過ごした。
その中で、どこでも見かける茹で鶏がぶら下がる屋台に当然興味を持った。そして食べた時の感動。今回はそんな鶏肉料理の真骨頂である「カオマンガイ」を紹介したい。
タイ語版ウィキペディアのカオマンガイの項目では、わざわざ「日本人に好かれる料理の一つ」と特記されるほど、われわれが大好きな料理でもある。
東南アジアに広がった中華料理
カオマンガイは「茹で鶏のせご飯」あるいは「蒸し鶏のせご飯」などとかつては訳されていた。99年ごろに渋谷のタイ料理店でアルバイトをしていた時、色黒女子高生に「“のせご”ってなんですか?」と聞かれたのはいい思い出だ。ひらがなしか読んでないのかと、当時まだ大して年齢差のなかった女子高生に対し、おじさんみたいな気持ちになった。
最近、タイ料理が市民権を得ている日本では、カオマンガイはそのまま通じる。とは言っても、カオマンガイって何? という人もいるだろう。
カオマンガイとは、そもそもは中華料理。タイ国内でも全土で見られ、タイ人もタイ料理と認識しているが、実際には中国南部の海南島が発祥とされる。この地の人々が東南アジアに移民となって移住した先で広まり、タイでは南部に着いた海南系の人がカオマンガイをつくり始め、それが全土に広がる間にタイ式にアレンジされたという。
俺が初めてタイに来た前年の97年、南部出身のアイドル、ジェームス・ルアンサックが「カオマンガイ」という曲を出した。彼の祖母がカオマンガイ店を経営していたからという話を聞いたことがある。それもあって、彼は一時、カオマンガイ屋台のフランチャイズを始めた。が、今はその話は全然聞かない。
ちなみに、ジェームスのデビューアルバムは1曲目が「サヨナラ」だった。最後の曲目にすればいいのに……。彼は99年12月、タイ国際航空261便の南部スラタニー空港での墜落事故の生存者33人のうちの1人でもある。
そんなジェームスももう40歳。タイポップスのアイドル黎明期を支えた1人で、当時のタイアイドルは本当に良かった。今はもうタイポップスの歌手も歌がうまくて、おしゃれ。当時は歌は下手だわ、踊れないわで逆に面白かったのだ。
話が逸れたが、カオマンガイは南部から入った関係か、マレーシアやシンガポールでも見られる。俺が見た限りの話になるが、両国では原型の「海南鶏飯」と漢字では表記し、英語だとシンガポール・チキンライスなどとなっている。
バンコクでも英語表記はチキンライスやシンガポール・チキンライス、あるいはわずかだがハイナミーズ・チキンライスとする店もなくはない。いずれにしても、海南があまり前面に出ていない。
タイ語が読めなくても、店先の茹で鶏がカオマンガイ屋台の看板だ
ラオスやベトナムでも似たようなものが見られる。ただ、マレーシアのペナン州で食べた海南鶏飯も、ラオス首都ビエンチャンのものも、それからベトナム中部ダナンの「コムガー」(鶏ご飯という意味)も大しておいしくなかった。鶏の茹で方などがタイほど洗練されていないという印象だった。
ベトナムの「コムガー」は、コメは白米、鶏はネギやタレと和えたものだった。店によってまったく違うらしい
ビエンチャンのカオマンガイは全然おいしくなかった……
シンプル故に奥が深い
カオマンガイのつくり方は、おおざっぱに言えば鶏を丸ごと大鍋で茹で、その茹で汁でコメを炊き、余った汁をスープにする。こう言えば簡単な料理であるが、そうは問屋が卸さない。鶏を余すことなく使うことから、俺は鶏のフルコースだと思っており、カオマンガイはシンプル故に奥が深い。
一般的なカオマンガイの一皿。冬瓜(とうがん)とパクチーはもはや必須。左の血でつくった豆腐のようなものは微妙
そもそもカオマンガイは冷めた料理である。俺は、温かいカオマンガイを食べたことがない。これは鶏肉の脂肪などがトロリとゼラチン状になっている部分も、カオマンガイの魅力だからだ。冷めてもおいしくなければならない。
表面がゼラチン状。このカオマンガイはレバー付きだった
鶏を茹でるに当たっては、ただ煮るのではいけない。時々、パサパサになった肉を出すカオマンガイ屋台を見かけるが、これは料理人の腕が良くない。もちろんそういった肉を好む人もいる。一概には言えないが、少なくとも俺自身はジューシーな肉であってほしい。ここも腕の見せどころだ。
鶏を茹でる際には「サムンプライ」(タイ・ハーブ)などいろいろなものを一緒に煮る。これも店によって違いがあるので、タイには無数のカオマンガイ専門店があるが、どこも違う味わいになるわけである。
スープは鶏ガラのほか、サムンプライや野菜なども煮込む
違いを出すという点では「ナムチム」、つまりタレにも店の個性が出てくる。多くがショウガを使うが、ニンニクが多め、辛さが際立つなどいろいろある。
また、「シーイウカオ」(白醤油)など日本の醤油に似た調味料をベースにする店もあれば、「タオチアオ」という大豆を原料にした調味料をメインにするところもある。俺は後者が好きだ。味噌のような味わいで、日本人に人気の「パックブン・ファイデーン」(空心菜炒め)にも使われるので親しみがある。
カオマンガイのタレはいろいろあるが、俺はタオチアオベースが好き
見落としがちなもコメも重要
さて、カオマンガイをめぐっては、一つ面白い話がある。先に、鶏肉がジューシーな方がいいと書いたが、日本人にとってカオマンガイの良し悪しとは何かと言えば、やっぱり鶏肉の茹で方や味わいを一番最初に見るのではないだろうか。
だがタイ人は違う。彼らはコメのうまさでその店のカオマンガイを評価する。
カオマンガイの「カオマン」は脂ののったコメを指す。タイでは本来、ココナツミルクとコメを混ぜたものがカオマンだったようだ。今ではカオマンというと、カオマンガイのコメを指すことが多い。
カオマンガイには通常、新米は使わない。どうも脂ののりが良くないので古米を使う。日本の事情は分からないが、タイでは大手のコメブランドでもカオマンガイや「クイッティアオ」(米粉麺)、その他の料理向けに必ず古米をラインアップにそろえている。
本来は茹で汁で古米を炊くが、店によってはスープのストックを使ったりするし、最近では家庭でもカオマンガイがつくれるようにキットもある。
シンガポールでは海南鶏飯を家でつくることも普通で、やはり調味料セットがある。タイでもそういったものが出回っていることもあり、店でも必ずしもカオマンに鶏の茹で汁から脂を取っているわけではないようである。
いずれにしても、カオマンがおいしいに越したことはないが、鶏がパッサパサなのは俺は嫌だな……。
カオマンガイの名店はここ!
カオマンガイの名店というと、100人が100人、違う店を挙げるのではないか。クイッティアオ同様に、カオマンガイは地元住民にしか知られていない隠れた優良店が無数にある。
俺は、東北部(イサーン)ウドンタニーのアドゥンヤデート通りにあるカオマンガイ食堂が最高においしいと思った。もうないかもしれないが、ただのアパートの下にある食堂で、地元住民もあまり来ないのだが、存分に脂ののった鶏に、こってりとしたカオマンで最高だった。
このジューシーな肉感を見よ! ウドンタニーの食堂のカオマンガイ
「もうないかもしれない」というのは、このあたりにあった置屋街が消滅してしまい、数年来足を運んでいないから……。いろいろな意味で残念である。
バンコクにも当然たくさんの名店がある。最も有名なのはプラトゥーナーム市場近くの、いわゆる「ピンクのカオマンガイ」だ。確かにジューシーで全てが完璧の店ではあるが、俺は、並ぶほどではないかなと思う。
ちなみに、渋谷などにもこのピンクのカオマンガイの店があるが、やはり鶏肉の違いもあってか、まったくの別物と思っていい。
渋谷の「ピンクのカオマンガイ」の盛り付けは理想的なバランス
そういえば、2016年にこの店でパクチーサラダを初めて見かけて衝撃を受けた。タイではパクチーをああいう風に食べないからだ。しかし、その直後に日本でパクチーが大ブレイクを果たしたので、おいしいのでしょう……知らないけど。
渋谷の「ピンクのカオマンガイ」で見かけた衝撃のパクチーサラダ
俺は、ピンクのカオマンガイよりも、その近くの「緑のカオマンガイ」を推したい。10年以上前からいいと思っていたが、いつの間にか有名になっていて、ここもユニフォームの色が通称になったようだ。
やはりおいしいものは勝手に知れ渡るものだ。場所は「伊勢丹」前の通りとペッブリー通り交差点のそばにある。
それから忘れてはいけない名店は、夜遊び好きならよく知るパッポン通り向かいにある「モンティエン・ホテル」だ。ここの1階奥(ラマ4世通り寄り)のレストランには330バーツ(もしかしたら値上がりしているかも)のカオマンガイがある。
「モンティエン・ホテル」のタイでもトップクラスの高級カオマンガイ
カオマンは茶碗に入り、鶏は半身はあろうかというボリューム。タレも4種類あり、とにかくおいしくてお腹がいっぱいになること請け合いである。
実は高カロリーで食べ過ぎ注意
カオマンガイもほかのタイ料理同様、注文時にアレンジができる。
まず、ヘルシーにいきたい場合、「マイ・アオ・ナング」と頼めば、皮を取り除いてくれる。実はカオマンガイの難点はカロリーだ。店によって違うが、1皿で580~600キロカロリーになる。
ハンバーグやしょうゆラーメンでも500キロカロリーくらいなので、かなりのもの。だから、人によっては食感や健康をめぐり鶏皮を敬遠する。「カイマン・ノーイ」とか「マイアオ・ヌアルアン」と言うと、脂肪分などを取り除いてくれるので、ヘルシーになる。
それから、カオマンガイは必ずしも一皿料理ではなく、前述のモンティエン・ホテルのように大皿で半身を、茶碗(あるいは皿)でご飯をそれぞれ頼める。複数で行く場合は、この方が料金的に安く食べることも可能だ。
スープをもっと飲みたい場合、お替わりもできる。店によって違うが、案外無料が多いはず。また、鶏肉や冬瓜(とうがん)を追加したり、あるいは抜いてもらったりすることもできる。
昔から店によってはカオマンガイの鶏肉をから揚げにした「カオマンガイ・トート」もある。カリカリの衣と鶏肉がマッチするが、より高カロリーで毎日は食べにくい。また、最近はトート(揚げる)ではなくヤーング(焼く)もある。
高架鉄道(BTS)アーリー駅近くの日本人経営(日本人はまだいらっしゃるかな?)のカオマンガイ店「ジュブジュブカオマンガイ」は、照り焼きバージョンもある。
アーリーの日本人経営店のカオマンガイは肉が多め
このようにカオマンガイは実に多彩であり、クイッティアオと同じように、中華料理なのに完全にタイ料理になったいい例である。
日本人もカレーやラーメンなど他国のものを自国料理に取り入れてしまうところがあるが、タイ人もその点はそっくり。こういった点も、われわれ日本人がタイに親しみを持つ要因の一つなのかもしれない。
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