第24回 タイの誇る古都アユタヤの過去と今【タイのいなかはおじさん天国】

バンコクから訪れやすく、泊まりでも日帰りでも気軽にさくっと行ける地方の街……それはやっぱりアユタヤであろう。
広大な敷地にアユタヤ王朝が残した寺院や仏塔などが残っている
言わずと知れた世界遺産。14~18世紀に渡って35代の王が栄華を築いたタイの誇る古都。そんなことを言ってもオメコにしか興味のない読者諸氏はなんのことやら、と思うかもしれないが、せっかく縁あってこの国にハマッているのだ。代表的観光地であるアユタヤくらいは、行ってみてはどうだろうか。
栄華を誇ったアユタヤ朝も、18世紀にビルマ軍によって壊滅させられてしまうのだ
アユタヤの過去と今
堀に囲まれた旧市街には、いくつもの仏像や伽藍が点在し、苔むした仏塔が立ち並び、草原には古い寝釈迦が横たわる。この遺跡公園の中を、象に乗って探検することも人気だ。
おじさんだって象に乗って観光してもいいんだゾウ
なまめかしいホットパンツから、いやらしい生足をつき出した日本人観光客のメコどもが「きゃーっ、象さんかわいい!」とか騒いでいるが、こいつらは気づいていないのだ。
象使いたちのねぶるような視線に。タイ人にとって最も必要な美人の条件とは、色白であること。日本人の女どもは、ツラやスタイルはともかく、タイ人に言わせれば肌が白くロリッており、たいそうソソるのだという。俺もそんなタイ人のオヤジのように、楽しげに象にまたがって大股開きをしている日本人の女たちを視姦し続けた。
遺跡内には急な階段も多く、運が良ければパンチラを拝めるかもしれない
てな感じで観光もなかなか楽しいここアユタヤには、かつて日本人町があったのだという。
ときは戦国時代末期である。いよいよ平和が訪れようという乱世の終わり。家康による天下統一が進む中、需要を失い不要となった存在……それは武士たちであった。食い詰めたサムライたちの中には浪人になる者、商人へと衣替えする者もいたが、わずかであるが海を渡った者もいる。
そのうちの一部は東南アジアに流れ着き、ベトナムのホイアンや、ここタイのアユタヤに住み着くようになる。彼らは戦闘力を生かして傭兵として、また日本との交易を担うなど才覚を現し、日本人居住地を広げていったのだ。
しかし江戸幕府の鎖国令によって、日本人の海外雄飛の夢は断たれてしまう。武士たちは散り散りとなり、アユタヤの日本人町は滅んでいった。
その代わり、なのである。
アユタヤの新市街にはいま、新たな日本人タウンが広がっているのだ。バンコク北郊、チャオプラヤー川を水源とする工業団地がいくつも立ち並んでいるが、そこでは膨大な数の日系企業も操業しているのである。日本の製造業の最前線といえよう。2011年のタイ大洪水によって多くの工業団地が浸水し、撤退する企業も出たが、それでもまだたくさんの日本人がここに根を張り、働いている。日本から出張に来るビジネスマンも多い。
となれば、日本の正しきお父さんたちが求めるもの……それは日本のメシと酒、そして麗しきタイ娘である。その欲求をキッチリ満たしてやるのがタイの優しさとホスピタリティ。
アユタヤのナイトライフは?
21世紀の日本人タウンは旧市街から東南に広がる新市街の一角にある。
そこには日本人出張者御用達のホテル「アユタヤ・グランド」がそびえる。
新市街、日本人タウンの中心に建つアユタヤ・グランドホテル
で、この周辺に密集するのは、和食レストラン、居酒屋、そしてカラオケ、エロ按摩、スナック……狭いエリアにびっしりと咲く、ピンクの花畑。夜ともなれば蝶々たちがあっちから飛び、こっちから舞い、お父さんたちを惑わせる。
「いらっさいませー!」「アナター!」
日本語の嬌声も飛び交う。まるでミニ・タニヤである。
アユタヤ新市街には置屋もあり、男たちを誘っている
しかしバンコクよりもずいぶん遊び代は安い。カラオケやスナックのセット料金もタニヤだと1時間600バーツ~といったところだろうが、アユタヤは1、2割ばかり安いのだ。
日本語の看板を掲げたエロ施設も密集している
そのぶん、メコのレベルはバンコクよりもやや落ちる。容姿端麗な上に勝気な娘はバンコクに出て行ってしまうのだ。アユタヤの歓楽街に集まっているのは「バンコクみたいな大都会、アタイちょっと怖い……」というような純朴な田舎娘たち。
バンコクからバス、列車、タクシーチャーターなどで2時間ほどで地方情緒と田舎娘を堪能できる
「休みの日はお父さんの田んぼ手伝っているの」とか「家の前の川では、川エビがよく取れるんだ」なんて朗らかに笑う。そのカッペさ純朴さに、おじさんは癒される。バンコクから2時間もかからない場所なのだが、そこはタイの田舎の風情にあふれているのである。
ソンコン ヌンアン ナ
今夜もそんな田舎娘が群れ集うカラオケ屋の一軒に、俺は陣取った。20代後半と思われるメコをふたり、左右に侍らせ肩を抱く。ノースリーブから突き出た二の腕を撫でさする。きめ細かな肌だ。しっとりと冷たく、柔らかい。もうピンコ勃ちしてしまう。
どちらもアユタヤ県出身だか、ここ県庁所在地からはだいぶ離れたアンプー(郡)に実家があるのだという。
「オニイサン、ジドウシャカンケイ?」
片言の日本語を話すのもタニヤのようだ。ふふ、自動車は自動車だけど、おじさんは日本で期間工ってやつ、やってんだよ。
「キカンコウ?」
言いながら、右メコは甘えるように小さな頭をもたれかからせてくる。甘いシャンプーの香りと生々しい頭皮の匂いが混じりあい、感じた金玉がドクドクと脈動を始めてしまう。
左メコはせっせと水割りをつくっているので、ふたりにもドリンクをおごってやれば、大喜びで頼んだのはビールのコーラ割りなんであった。タイ人女子はこういうキテレツな飲み物を好む傾向があるような気がする。それでもミニスカからはみ出したヒザをきちんと揃え、頭を下げてワイ(合掌)をし、礼儀正しく感謝を示すあたり、都会でスレた淫売とは違う。
よしよし、しつけが行き届いているじゃないか……俺はふたりを左右の腕で抱き寄せた。脇から乳をまさぐる。「あん」とか鳴きつつも、両ほっぺにキッスのサービス。天下を取った気分になる。
そしていつの間にか、ふたりの手は俺の屹立したチンポに添えられているのであった。こらこら、仲良くしなさい。「ソンコン、ヌンアン、ナ(ふたりで1本だよ)」いいね。
「カー」
素直に頷いて、握る手にぎゅっと力を込めるアユタヤ娘たち。泊まっているのはもちろん、すぐ至近のアユタヤ・グランドである。さっそく連れ出して、今夜は久しぶりの3Pといこうか。
気立てのいい娘がいて、故郷の料理と酒とが楽しめるアユタヤ日本人タウン。きっと400年前にあった日本人町でも、同じような光景が展開されていたのだろうと思う。中世の頃から、日本男児は、モノノフは、タイの娘に愛と勇気をもらっていたのである。
- オフィシャルHP
- 動画ページへ
- 体験レポートへ
- 店舗名
- 業種
- エリア
- 電話番号
- HP
- オフィシャルHP
- 動画ページへ
- 体験レポートへ
- 店舗名
- 業種
- エリア
- 電話番号
- HP
- オフィシャルHP
- 動画ページへ
- 体験レポートへ
- 店舗名
- 業種
- エリア
- 電話番号
- HP
- オフィシャルHP
- 動画ページへ
- 体験レポートへ
- 店舗名
- 業種
- エリア
- 電話番号
- HP
- オフィシャルHP
- 動画ページへ
- 体験レポートへ
- 店舗名
- 業種
- エリア
- 電話番号
- HP
- オフィシャルHP
- 動画ページへ
- 体験レポートへ
- 名前
- 年齢
- スリーサイズ
- 名前
- 年齢
- スリーサイズ
- 名前
- 年齢
- スリーサイズ
- 名前
- 年齢
- スリーサイズ
- 名前
- 年齢
- スリーサイズ