タイ料理屋の悩みの一つに「真面目で腕の良いタイ人コックを確保すること」があります。

日本に出稼ぎに来て、真面目に働き、タイの家族や親戚を養うはずが、つい調子に乗ってしまい、コックを辞めて悪の道に走る者や、より良い条件を求めて日本のタイ料理屋を渡り歩く者など、出入りが激しいのです。

店にはしょっちゅうタイ人から電話が掛かってきて、「コックサン、ホシイデスカ？」といきなり話を切り出してくる者もいます。忙しいランチタイムなどにも掛かってくるので、そんな時は「ほしくない！」と切ってやります。

そしてタイ人コックの面接がまた大変なんです。

そもそも、コックは「技能」というカテゴリーの査証（ビザ）を取得しているのですが、技能ビザは日本語の能力はまったく問われません。このため、日本語を話せるコックは少なく、面接の時は、日本語が上手なタイ人の通訳を連れてやって来ます。

しかし、その通訳は、コックも初対面のタイ人留学生だったり、先輩コックの奥さんだったり、さまざまなタイ人が通訳として一緒について来るのです。

ある時、コックが必要になったため、タイ語学校を経営する知人に紹介してもらった、東京都内でタイマッサージ屋を経営するタイ人おばちゃんに、コックを紹介してもらったことがありました。彼女が面白かったので紹介します。

午後１時半ごろ、約束通りにやって来たタイ人たち。個室に案内し、あいさつすると、マッサージおばさん（マッサージ）が開口一番、「オナカスイタ、ゴハンタベテイイ？　アタシ、タイリョウリダ～イスキ！」とほざきます。

「おまえたちは面接に来たんじゃねぇのかよ……」と思いつつも、スタッフに「メニューお持ちして！」とランチを売りつけてやりました。

するとマッサージが、面接を受ける予定のコック３人が遠慮しているのもおかまいなしで、バンバン注文し、「オイシ～！」と大げさなリアクションをしながらガツガツ食べ、コックらに「ほら、早く食べろ！　ミーティング、ミーティング！」とまくし立てます。

「なぁマッサージ……おまえが勝手に頼んだんだろ。紹介料も払うんだし、アシスト役のはずが、キックオフからいきなりオウンゴール入れてどうすんだよ」と呆れながらも、マッサージに通訳してもらいながらコックらに質問すると、マッサージが自分の話を交えつつ訳すので、何がなんだか分からなくなってきます。

「あのね、あなたのだんなの仕事の話は必要ないから、コックの話していることだけ訳してください。時間がないの。お願いします！」

と言っても、マッサージは「なんでコックの子どもの歳を聞いて、私の娘の歳は聞かないの？　知りたいでしょ？」とクネクネしながら言ってきます。不覚にも爆笑してしまいましたが、気を取り直し「あんたの娘の歳なんか関係ないでしょ、コックの面接だから！」と語気を強めると「26歳よ、26歳！　いいでしょ～」とマッサージ。ダメだこいつは……。

マッサージを諦め、僕が片言のタイ語でコックに直接話を聞くと、コックらは僕がタイ語を話せると勘違いし、今までマッサージに遠慮して聞きづらかったことをいろいろと聞いてきます。

いきなりのネイティブタイ語攻撃をくらい、何を言っているのか全然分からないで困っていると、マッサージが急に真面目に通訳し始めました。

「そうそう、あなたの仕事はこれだよ、これ！」とマッサージを褒め称えると、突然、別人のようにシャキッとし、コックらの連絡先などをテキパキと聞き出し、俺にサッと手渡し、ウインクしてきました。

無事に面接を終了し、彼らを送り出し連絡先をまとめていると、バイトのＳ君がやって来て「店長、あのタイ人たち、店の前でめっちゃ記念撮影してましたよ。しかも、いろんなポーズで撮ってました。一番派手なおばちゃんなんか、植木鉢に足をかけてのけ反ってましたよ」と報告してきました。

結局、２人を採用したので、マッサージおばさんには約束通り、計10万円を支払ったのですが、２人とも３か月もたずに辞めていきました……。