東京都内吉原のソープランドの個室のドアの前に着くと、白いバスローブを着た「本田美奈子」という源氏名の嬢がクールな笑顔で迎えてくれた。美奈子はアイドル（当時）の本田美奈子には似ていないものの、推定30代前半の美人で、第１関門は突破だなとホッとした。

個室は思ったよりもきれいで広い。驚いたのは、その半分以上が風呂場であること。でかい浴槽の隣に洗い場があり、ピンク色のビーチマットが立て掛けてある。

なんだこの部屋は？　と、キョロキョロしながら部屋の中を見渡すと、美奈子が浴槽にお湯を張りながら「キョロキョロしちゃって、ど～したの？　お客さん初めて？」と聞いてきた。

「はい、初めてです。なんかすごい部屋ですね」

「へぇ～、初めてなんだ。一人で来たの？」

「いや、仕事の先輩に連れて来てもらいました」

「そう、私は美奈子っていうの。よろしくね」

すると美奈子がバスローブをさらりと脱ぎ、俺に背を向けた瞬間、でっかい赤い物が視界に入った。なんと、美奈子の背中には真っ赤な般若の顔が彫られていた！

「うおっ！」と小さく声を上げてしまった俺に、美奈子は「ごめんね、びっくりした？」と話しかけてきた。

「い、いや、その……すいません。びっくりしました」

「そうよね、みんなびっくりするの。若いころ、ヤクザ者にほれちゃって一緒に彫ったの」

店に入って美奈子を選んだ時、ボーイがニヤついていたが、これのことだったのか。あの野郎……。

「馬鹿よね。でもね、後悔はしていないの。彫る時に絶対に後悔しないって決めたから」
吉原に着いてから１時間も経ってないのの、次々に襲いかかる想像を絶するシーンの連続に「これ、ひょっとすると夢か？」と現実だか夢だかよく分からない気分になってきた。

その後、一通りのサービスを受けたが、真っ赤な般若の刺青がちらちらと視界に入り、せっかくの初トルコなのに、気分がまったく高揚せずに終わってしまった。自分のナイーブさを呪いつつ、「俺ってやっぱり普通がいいんだな……」とつくづく思った。

「タバコ吸ってもいいですか？」と聞くと、美奈子は「私もいい？」とバッグからたばこを取り出しつつ、火をつけてくれた。

美奈子も一服し、たばこの煙を出し終えると、「いつもはこんな話しないんだけど、こないだ、彼の命日だったんだよね。顔がお客さんにちょっと似てるの」と打ち明けてきた。

「えっ……お亡くなりになったんですか」

「５年前にね」

「もしかして抗争とかですか？」

「そんなとこね」

これはまるで、松田優作主演の「探偵物語」のようである。その後は、いわゆる不良の少年少女がいろいろなしがらみの中、悪の世界から抜け出せなくなり、ヤクザになって命を落とした彼を忘れられずにに生きる彼女の悲しい物語を聞かされたのだった。

ヤバい世界に生きている人の話を生で聞いて、僕は思った。今のまま普通に生きていこうと……。

その後はお金も貯まり、タイの首都バンコク、インド西部のムンバイを経由し、あこがれのゴアに行くことができた。ただ、初めてのアジアで僕が経験したのは、歌舞伎町や吉原よりもショッキングな出来事ばかりであった。（終わり）