20歳そこそこでバックパッカーをしていた時、東京秋葉原でエアコンのマネキン（実演販売者）をして旅の資金を稼いでいました。そのころ、初めてソープランドに連れて行ってもらった時のエピソードです。

昭和の終わり、秋葉原がまだ世界一の電気街だったころ、家電製品の売り子をしていたメーカー派遣のマネキン販売員らは、ギャンブル好きが多く、毎週日曜日になると客が多くて忙しいにもかかわらず、暇を見つけてはノミ屋と連絡を取って馬券を買い、取った取られたと一喜一憂していました。

ある日曜日。僕と一緒の販売店で売り子をしていた、福ちゃんという栃木県小山市から新幹線で通って来る先輩がいました。いつもダブルのスーツを身に付け、ガニ股で、肩で風を切って歩き、一見チンピラのような出で立ちなのですが、鉄腕アトムのようなクリクリとしたかわいい目をしていて、迫力のない顔立ちなのです。

その先輩が大穴を当てたらしく、いつもより大げさなガニ股で僕に近づいて来て、いつも持ち歩いてる電卓の裏で俺の頬（ほお）をペシペシしながら、「おい、おめーはトルコ行ったことあんのか、あん？」と聞いてきました。

昔はソープランドを「トルコ風呂」と呼んでいて、トルコ共和国政府から、けしからん！　と日本政府にクレームがきて、日本政府の圧力でトルコ風呂業界が新しく付けた名がソープランドでした。そのころは皆、まだ新しいネーミングになじめず、「トルコ」と呼んでいたのです。

「いや、行ったことないです……」

「よっしゃ！　今晩、吉原に連れってやる。おごってやるから、金は心配するな」

「え！？」と突然のお誘いに固まる僕……。その時、高校生のころにポン引きに無理やり連れて行かれた新宿歌舞伎町の「のぞき部屋」の恐ろしい出来事が頭をよぎったのです。

ポン引きに罵倒された悪夢

高校２年生の夏休み。歌舞伎町のディスコに４人でナンパしに行くも、女の子にまったく相手にされず、埼玉まですごすご帰ろうと雨に濡れながら歩いていると、ポン引きにしつこく誘われ、なんとなくのぞき部屋に入ってしまいました。

順番で薄暗い個室に案内され待っていると、バカっぽい女が入って来ていきなり「ねぇ、3000円でおっぱい触らせてあげるよ」と言ってきたのです。

「すいません。今500円しか持ってないのでけっこうです」と断ると、「3000円くらい持ってんでしょ。さっさと出しなよ！」と口調が突然乱暴になる女。

奥からチンピラも出てきて、「てめえ、ここがどこだか分かって来てんだろ。早く金出せバカ野郎！」とすごまれました。殴られはしませんでしたが、口汚く罵られた挙句、「金持ってないなら来るな」と店を追い出されて以降、「風俗店なんか二度と行くか！」と固く誓っていたのです。

しかし、当時の吉原のトルコなんて３～５万円もして、とてもじゃないが自腹では行けなかったので、

●おごり
●泡踊り体験
●プロのテクニック

などのワードが一瞬にして頭をかけめぐり、次の瞬間「お願いします。連れて行ってください！」と福ちゃんに深々と頭を下げていました。

店を閉め、福ちゃんと俺、それに魚谷さんという先輩と３人で秋葉原からタクシーに乗って吉原に向かうと、びっくりするほど早く着きました。

「へ～、吉原って秋葉原からこんな近くにあったのか」なんて思いながらタクシーの窓から外を見渡すと、多数のポン引きがウンコに群がるハエのように僕らのタクシーに襲いかかって来たのです。

驚く僕とは対照的に、慣れた様子の福ちゃんら。タクシー運転手が窓を開け、「店は決まってんの！　危ないからどいてどいて」と言って少しスピードを上げると、ぞろぞろと退散していきました。

なんとか無事に店に着き、タクシーを降りる３人。福ちゃんと魚谷さんは「よっしゃ～、行くぞ！」と上機嫌で僕の肩に手を掛けつつ店に向かいました。

店の入口では、蝶ネクタイをした男性店員に出迎えられ、店内に案内されました。豪華な応接セットのソファーに着席。何人かいるトルコ嬢の中から１人選び、個室に行くシステム。嬢の源氏名には、当時のアイドルの名前が付けられていました。

福ちゃんと魚谷さんはあっという間に嬢を決めて立ち去って行きました。ボーイは直後、「さあ、どの子にしますか？　この２人がお勧めですよ」と促してきたので、言われるがままに２人のうちの「本田美奈子」という源氏名の嬢を選びました。

すると、ボーイはニヤッとしながら個室に案内してくれたのです。（次回に続く）